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【ネタバレ注意】劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語 感想と考察

この記事には劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語の重大なネタバレが含まれます。

 

 

 

 

 

それでも読みますか?

 

 

 

 

本当に読みますか?

 

 

 

 

後悔しませんね?

 

 

 

 

はい、というわけでまどマギ映画見てきた。

違和感たっぷりの序盤に始まり、中盤の驚きの展開、そして終盤で救われた……と思ってからの衝撃のラストでしたね。

ただ、正直に言うと思っていたよりも幸せな終わりだったと思う。

これについては意見がわかれるだろうけど、私は「知らない限り存在しないと同じ」という考えなのでどういった形で世界が再編されようとそこに生きる人が幸せならばそれでいいと思う。

さやかの本来の記憶もいずれ無くなって普通の中学生として(恭介のことはあるけど)それなりに幸せに生きるのでしょう。

ほむら自身は……まどかさえ傍に居れば満足なんでしょう。

 

そして……キュウべぇはやっぱりキュウべぇだったね。とりあえずお前が悪い。

最後はもちろんほむらの意思だけどその力を得るまでに導いてしまったのはキュウべぇだからね。

 

さて、考察的な話に移りましょ。

おそらく本作で最も謎なのは「悪魔」によって世界がどのように再編されたかだよね。

ほむらの望みには「概念まどかから人間としてのまどかの部分を取り出すこと」と「キュウべぇが好き勝手出来ないようにすること」が少なくとも含まれているよう。

そして、魔法少女そのものすら世界に存在しないことになっている……のだろうか(指輪の有無を確認できていない)。

 

要は生じる「呪い」を具現化する前に適切に処分する方法が存在する世界、ということだろうか?

最後のシーンから私が考えたのは、「呪いを全てほむらが集め、それをキュウべぇ(おそらく知性は失われている)に押し付けることで浄化を行う」というものだ。

ほむらのソウルジェム的なもの(呪い(と愛)によって構成されているようだしカースジェムとか呼ぶのがいいのかな)に直接呪いを受ける、もしくはそれ自体が全ての呪いを内包する(神に比肩する力を持っている&概念化らしき兆候も見られるためそれぐらいできるはず)ことで具現化を避けているのだろう。

こうすれば神(まどか)の力に頼る必要すら無いはずだ。

 

ただ、いずれまどかと敵対する可能性について触れていたあたりもっと悪い方法で呪いを集めているのかもしれない。

 

 

 

と、まぁ考えたけどあまりにも途方も無いスケールで想像もつかないよね。

ワープしたり謎のテーブルに居たりとほむらも神に近い状態ではあるけど人間でもありそうだし……。

悪魔の力は彼女のあらゆる願いを叶えるほどに強いものだったんだろうね。

 

 

とりあえずここまで。

また何か思いついたら追記するかもしれないけどね。

 

そうそう、もらったフィルムは悪魔ほむらによる世界再編中のキュウべぇが増えて光がばらばらの状態から円形に並んでまた崩れるシーンだったよ。

いらねぇ。

 

おまけ:

最初の方の変身シーン、さやかのブレイクダンスに笑ったのは私だけではあるまい。